眼下の、いつも通る国道が近づいたり遠ざかったりするのを一人ぼんやりと眺めていました。松本行の列車のボックス席。前に座った女性の腕時計が目に留まります。よく似たものを妻に買ってあげたことがあったから。
柔かい虹色に輝く貝の文字盤。どこか海外の空港の免税店で買ったのではなかったか?
大糸線では≪餓鬼岳登山口≫の文字に、また一つ昔のことを思い出しました。比登志さんから「懇意にしている餓鬼岳の山小屋のために登山記念の絵葉書を作って欲しい」と頼まれたこと。
「餓鬼草子」の中から、跪く餓鬼を選び、手に花束を持たせ、「よく来たな」の文字を加えて仕上げて、版木ごとお渡ししたのでした。もう随分と昔のことです。
列車が時折渡る渓谷の谷川の緑、薄の穂は陽を受けて銀色に輝き、車窓すれすれに深紅の紅葉葉が行き過ぎる・・・最後の秋色を楽しむ旅になりました。